ぶん文Bunレビュー(谷崎潤一郎『痴人の愛』)
「ぶん文Bunレビューキャンペーン」に新たな感想をお寄せいただきました!
今回の投稿はぶん文Bunネーム「ななろくに」さんから。いつもありがとうございます!
\ぶん文Bunレビュー投稿方法/
-
手書きの原稿用紙をぶん文Bunのカウンターへもっていく。
-
レビュー投稿フォームに入力しウェブでサクッと投稿!!
※※※ぶん文Bunの資料についてなら、どなたの投稿も大歓迎!※※※
今回は日本文学の重鎮、谷崎潤一郎から『痴人の愛』。クリエイティブ司書小宮山の御礼、所感はちょっと長くなりそうなので後々に記すとして・・・。さっそくお読みください。
『痴人の愛』(谷崎潤一郎)
以前『刺青』で、その不気味な世界に引き込まれたことがある谷崎作品。今日、読み終えたのは『痴人の愛』。「私は、これから私達について、正直にありのままを書きます。」との一行から始まる。平凡なサラリーマン譲治の一人称が、この書き出しからテンポよく流れ続け、全く退屈することなく一気読み。
二十八歳の譲治は、十五歳の美少女ナオミに出逢う。そこから彼女を自分の理想の女性に仕立てようと決意。ピアノや英語教室に通わせながら、その成長を楽しみに見守る日々。数年後、さてナオミの変容ぶりは如何に。
百年前に書かれたのに、まるで現代の話に思える内容だった。人の心がままならないのは、時代を問わず、常に似たようなものだという事かも。この小説は、大正時代の新聞連載だったというから驚いた。当時の読者は、さぞ度肝を抜かれたことだったろう。
今回私は、ファッションや映画、ダンスホールなどの描写に大正ハイカラを楽しんだ一冊となった。
・・・ななろくにさん、ありがとうございます!本当に、大正の自由気風のなかにあってもこの谷崎の『痴人の愛』は当時の人々を驚かせたことでしょう。そのあたりは各版の解説がありますし、今回お読みいただいた新潮文庫版にも詳しいところですね。今回のレビューも、原稿用紙へ綺麗におさめていただきました!
クリエイティブ司書の小宮山は譲治さんやナオミをとりまく男子学生たちと同じ大学の出身なのですが、慶應義塾の塾生(慶應の学生のこと)というのは良くも悪くもずっと変わっていないなぁ・・・という気がしながら読んでいました。まさに佐藤春夫の言う『酒、歌、煙草、また女』のような人が、代わる代わる入学しているのかもしれません・・・。
かくいう谷崎自身は慶應出身というわけではなく、東京帝国大学国文科を中退しています。慶應とのつながりといえば、永井荷風が初代主幹をつとめた三田文学でのとある事件でのことが印象深いかもしれません(「三田」とは、当時から慶應義塾の本拠がある土地の地名です)。
創刊期から反体制の気風が強かった三田文学は、当時文学部教授を務めていた森鴎外の『フアスチェス』や『沈黙の塔』など政府の検閲制度に対する批判を展開しました。明治43年、三田文学創刊の頃です。
そうしていよいよ発禁処分が下される『三田文学』なのですが、その号に掲載されていたのが谷崎潤一郎の「飆風(ひょうふう)」というわけ。果たしてそんな谷崎が慶應あるいは塾生に対してどんなイメージをもっていたのか・・・。そんなことを想像しながら読むと『痴人の愛』の浜田君たちの印象もまた変わってくるかもしれません。
『痴人の愛』において谷崎は、異様なまでに海外文化や海外の人を畏れ、美化していると受け取ることができます。シュレムスカヤに対する敬慕とも酔恋ともつかない異様でフェティッシュな西洋への感情は、ナオミ(旧約聖書『ルツ記』のNaomi)や譲治(発音としてはGeorge)という登場人物の名前とも相まって、当時の谷崎の心境まで透かされているような気にさせられます。
同時代に、アメリカ等欧米諸国でフラッパー(flapper)という自由な気風を謳歌する女性像が流行していました。飲酒、喫煙、ショート・スカートにショート・カット、などなど。『痴人の愛』が連載されていたのは1924年から1925年の間ですが、1925年に出版された『グレート・ギャツビー』(The Great Gatsby)ではマートル・ウィルソンをはじめとするフラッパー的女性陣が「活躍」しています。同作作者のスコット・フィッツジェラルド(F. Scott Fitzgerald)の妻ゼルダ自身がフラッパーそのもののような生活をしていたと伝わっていますし、彼の著作に『フラッパーと哲学者』(Flappers ando Philosophers)もありますね。
『痴人の愛』では、このようにどんどんと欧米的習慣に話題が逸れていくほどハイカラで西洋的な谷崎の描写があふれていました。まさにななろくにさんが楽しんだとおっしゃる部分ですね。
そしてその後、谷崎の思想は『陰翳礼讃』へと変わっていくわけです。日本の「陰」の美しさ・・・。「変わっていく」と言いつつ『痴人の愛』で描かれる人間の「陰」の部分もどこか美しさをはらんでいて、通ずるところを感じます。
長くなってしまいましたが、谷崎の『痴人の愛』から大正ハイカラとフラッパーへ、そしてそんな時代を描いた米国作家フィッツジェラルドとその妻ゼルダまで。あるいはその後の谷崎自身の『陰翳礼讃』まで・・・いろいろと話題が連なりましたね!
ご興味をもっていただけたら、椎葉村図書館「ぶん文Bun」でぜひこれらの御本を探してみてください!
\次の本をぶん文Bunの「ぶん探」で探してみよう/
-
『グレート・ギャツビー』(F.スコット・フィッツジェラルド)
-
『陰翳礼讃』(谷崎潤一郎)
※※↓その他のレビューもご覧ください↓※※
・ぶん文Bunネーム「ぽよ」さん / 『日本語のために』(池澤夏樹編)
・ぶん文Bunネーム「ななろくに」さん / 『むらさきのスカートの女』(今村夏子)
・ぶん文Bunネーム「ななろくに」さん / 『竜馬がゆく』(司馬遼太郎)
・ぶん文Bunネーム「ろなさん」さん / 『記憶喪失になったぼくが見た世界』(坪倉優介)
・ぶん文Bunネーム「円」さん / 『白い牙』(ジャック・ロンドン)
(クリエイティブ司書・小宮山剛)